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ヒロイックエイジ見ました。

 アニメいっぱい見る予定だったのに、逆にほとんどアニメを見ない生活をしていたので、ヒロイックエイジからぼちぼち消化し始めています。
やっと23話まで観て追いつきました。

 XEBECさんのオリジナルSF作品は大好きです。
戦いの痛みを描いた作品が多いなあと思います。
といっても、ステルヴィアとファフナーとエイジを見ただけで言っているのですが。
ヒロイックエイジは戦いの痛みと悲しみがすごいです。
戦いにおける怒りはあまり感じられないです。
あと、勝利の悦びもほとんどないです。
とにかく、痛みと悲しみ。
何が敵なのかははっきりしているのに、どうしてそれが敵なのか解らずに戦っているんですね。宇宙全体が。
契約によって定められた戦いであるために。

 この作品は責任の押し付け合いの話だなと思っていました。
人類全ての意思をディアネイラ一人に押し付けて、彼女が全て導いてくれると思い込んでいるんです。
それって彼女にとって酷ではないのだろうかと。
一方、ディアネイラ自身は、エイジが自分のことを導いてくれると思っているんですね。
それに対するエイジはディアネイラが自分のことを導いてくれると思っているわけで。
(ディアネイラとエイジの二人の関係においては相互関係が成り立っているのですが。)
 銀の種族も、不安や恐れという感情を全てプロメにゆだねることで平静を保っているのは、なんだかプロメ様一人がいろいろなものを抱えてしまうことになってかわいそうだと思ってしまいます。
(それがプロメの役割なのですが。)
(だから、銀の種族は不安や恐れに向き合わないというのにはなるほどと思いました。
同時に彼らは怒りで戦うことはないのだろうなあと思います。
だから、過去に由来するものである「感情」で戦う鉄の種族(人類)のことは、理解できないのだと思います。)
 で、最終的に戦いの全ては黄金の種族の意思ってことになるんですね。
自分たちがどうして戦っているかって言ったら、それが黄金の種族が定めたことだから。
契約の数も、それが矛盾する契約になろうとも。
でも、どうして黄金の種族がそれを望んだのかはわからない。
自分たちの意志で戦っていないんです、誰も。

 それが、終盤に来てやっと、責任の押し付け合いでなくなってきたと思います。
ディアネイラの、スターウェイを見つける力は誰もが持っているという言葉にはとても救われました。
スターウェイを見つけることができるのはディアネイラだけじゃないんですね。

 見ている最中は、「ユティ!ユティ・・・!」、「プロメ様・・・!」、「エイジかわいい」、「かわいい」、「ユティ!」とかつぶやいて見ていました。
ユティ好きです。
冷酷無慈悲のようで、一番「契約なんか・・・」と思っているので。
ノドスの人たちが会話しているとなぜか和んでしまいます。
実はユティとカルキノスは両想いである(本人たちはお互いに相手に対する「愛」という感情に気がついていない)ことにレクティとメヒタカは気づいていて、生温かく見つめていたり、やんわりアドバイスしてあげるのを見ていると、本当ノドスの人たちはかわいいな!と思います。
英雄の種族という宇宙で最も強大な力を持つノドスたちが、一番戦いに否定的であるのも、この作品の大きな魅力のひとつだと思います。
 あと、この作品にはあからさまな萌えがないです。
それから、恋愛に疎い人が多すぎます。(だがそこが良い。)

 さて、余談です。
「スターウェイ」を普通に和訳すると「星の道」ですが、XEBECさんの作品『宇宙のステルヴィア』の「ステルヴィア(stellvia)」とは、ラテン語の stella「星」と via「道」を合わせた造語で「星の道」という意味だそうです。
なので、全く監督も違うし冲方さんもかかわっていないステルヴィアですが、「スターウェイ」と聞くたびにステルヴィアのことを思ってしまったり、XEBECさんのSF作品群ってどこかで繋がっているんだなあと思ってしまったりします。

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